大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(う)2585号 判決 1970年11月11日

被告人 丸山淳太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人内田剛弘外二名作成名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官作成名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断をする。

弁護人の控訴趣意第一および被告人の控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について。

案ずるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示第一ないし第三の各事実を認めることができ、当審における事実取調の結果を含む本件記録を仔細に検討するも、原判決に事実誤認ないし法令適用の誤りは認められない。

所論は、原判示第一の事実について、兇器準備集合罪における共同加害目的の存在を否定し、デモ隊の角材所持は単に意思の表現を意味するものであるから、その素振りは、デモ隊参加者の気勢をあげる意図のもとに行なわれた示威的、象徴的挙動に過ぎず、「機動隊の壁を打ち破つて最後まで闘うぞ」というようなシユプレヒコールは、機動隊が行手を阻止しても、それに屈せず、王子野戦病院までデモ行進をしようという志気高揚の呼びかけであり、また、デモ隊が機動隊の存在を認識するに至つたとしても、それだからといつて直ちに機動隊に対して共同して角材で殴打するなどの暴行を加える目的を有するに至つたことにはならない、いずれにしても本件において、兇器準備集合罪にいう共同加害の目的は存在しないと主張するが、原判決挙示の関係証拠に徴すれば、原判示柳田公園を出発して集団行進に移り、王子警察署王子本町派出所(以下本町派出所という。)前交差点において停滞集合した中核派に属する学生ら二百数十名の集団(以下中核派集団という。)は、その大部分の者がヘルメツトをかぶり、軍手をはめ、ジヤンパーやアノラツクなどを着用したいわゆるデモスタイルであり、そのうち、被告人を含む約七〇名の者が角材一本(長さ一、二メートル約四センチメートル角)宛を所持してデモ集団の先頭部分に位置して集会を開いたものであるが、その際、右集団の指導者である被告人らは、進行順路前方にあたる王子新道に交わる路地付近に、警備のため多数の警察官が配置されていることを察知し、被告人は、角材を所持した三、四〇名とともに、気合をかけながら角材を振り上げ、振り降す、いわゆる素振りの動作を数回行なつたばかりでなく、原審相被告人嶋田松夫は、右集団の先頭列外で肩車に乗つて音頭を取り、「機動隊の厚い壁を破つて最後まで闘うぞ」、「われわれは実力で闘うぞ」などというシユプレヒコールを行ない(右角材の素振りやシユプレヒコールは単なる気勢をあげるための行為や政治的スローガンの表明にとどまるものとは認められない。)、その後、原判示第二の事実のように、原判示「叶屋」商店付近に進出した中核派集団の被告人および右嶋田らを含む一部の者が、いきなり路地に進入し、路地奥で待機中の機動隊員に対して、投石し、あるいは角材で殴打するなどの攻撃を加えていることを肯認することができるのであつて、右認定の事実に鑑みれば、本町派出所前に集合した中核派集団の間において、機動隊員に対し、共同して角材で殴打するなどの暴行を加える目的を有するに至つたものであつて、もとより指導者である被告人においても、右の共同加害の目的で集合している状態についての認識があつたこと、すなわち、兇器準備集合罪の故意があつたものというべく、この点につき、原判決が(訴訟関係の主張に対する判断)三項において説示するところは、当裁判所においても相当としてこれを是認できるのである。そして、共同加害の目的の成立を本町派出所前交差点とする根拠は全く存在しないとか、学生らの角材所持の目的は、柳田公園に集合したときから、何らの質的な変化はないことからみても、柳田公園において成立していない共同加害の目的が本町派出所前交差点で突如として成立するはずがないし、さらに、四月一日には被告人らが逮捕されるのに前後して逮捕された多数の学生は公務執行妨害罪で起訴されたのに、被告人に対し兇器準備集合罪の公訴を提起したのは、同日の行動の全責任を被告人に負わせるためのもので、不当であるとの論旨は、弁護人独自の見解に基づくもので到底採用の限りでない。

次に所論は、原判示第二の事実について、被告人らが「叶屋」付近に近づいたとき、すでに王子新道上前方に大楯を並べた機動隊が阻止線をはつており、東京都公安委員会許可のコースを行進していたデモ隊の前進を阻害し、かつ、王子新道両側の路地に機動隊を配置して、行進して来た学生デモ隊を前と左右から挾撃する態勢にあつたものであり、右警備は違法過剰なものであるから、警察官の本件職務の執行は違法であつて、被告人に公務執行妨害罪は成立しないと主張するが、本件記録に徴すれば、原判決が(訴訟関係の主張に対する判断)四項および五項において説示するように、本件は、被告人および嶋田を含む中核派集団の一部の者が原判示の王子本町一丁目一二番と一三番の建物の間の路地奥に進入し、同所で待機中の第一機動隊第一大隊第二および第三中隊所属の警察官に対し、いきなり投石や角材による殴打などの違法行為に及んだことに端を発したものであり、機動隊が王子新道上で中核派集団のデモ行進を阻止するような隊形で当初から配置についていたことは認められないし、また、王子新道に交わる路地における機動隊の待機が当日のデモ行進そのものを前後左右から挾撃するためであつたとの事実を認めるに足る証拠はなく、前記路地奥に待機していた警察官は、デモ隊に許可条件違反の行為があつた場合に、これを規制するほか、さらに違法行為を発見したときは、これを制止、検挙すべき任務を帯びていたものであつて、その規制方法などにも違法過剰の点は認められないから、本件の規制を含む公務の執行は適法に行なわれたものであり、従つて、被告人に対し原判示第二の公務執行妨害の罪が成立することは明らかであるといわなければならない。論旨は排斥を免れない(なお、論旨引用の証拠のうち、原審において証人として取調を受けた吉羽忠は、本町派出所前交差点にデモ隊が到着したときの状況として、王子新道のかなり向うのほうに機動隊の広報車が見えていて機動隊の数はそれほど多くはなかつたと供述しておるが、後に、当初の段階では、王子新道上に進路を妨害するような機動隊はいなかつた。同道路の先のほうに機動隊員がある瞬間はいたが、少くとも学生が一番最初に原判示路地付近に到着したときはいなかつたと述べているところからみても、弁護人主張の王子新道上に機動隊員がデモ隊の阻止線をはつていた事実の証拠とはならず、その余の(証拠略)などは、被告人らが四月一日午後八時一〇分ころ原判示路地内に進入して路地奥の機動隊に攻撃をしかけたという原判示第二の認定事実と必ずしも矛盾牴触するものではなく、また、弁護人主張の事実を裏づける証拠とも認められない。)。

さらに所論は、原判示第二の事実について、原判決が、被告人らの集団が警察官に投石や角材の使用を行なつたほかに鉄棒片を投げつけたことを認定している点を捉え、被告人らおよび右嶋田も、鉄棒片の存在はもとより当日それが投げられていたことも知らなかつたものであるから、鉄棒片使用の責任を被告人に負わせることはできないと主張するので、先ず鉄棒片発見の状況を検討するに、(証拠略)に徴すれば、田村証人が事件当日の四月一日午後九時ころ原判示路地奥で現実に鉄棒片一個を目撃したことおよび翌四月二日午前一時三〇分ころ原判示路地内で四個、路地入口角の喫茶店「アラビアン」こと若杉久子方玄関付近、台所、屋根裏庭などで計約一二個の鉄棒片が発見されたことを認めるに十分である。ところで、右認定の事実に原判示路地内における衝突が、四月一日午後八時一分ころから午後八時四三分ころまでの間中核派集団と機動隊との間に行われただけで、その前後の時刻に右以外の闘争の行なわれた形跡の存在しないことおよび前記の鉄棒が機動隊員によつて使用された形跡も存しないことを併せ考えると、中核派集団に属する者が、右時間帯に路地の機動隊に向い投げつけたものとみるのを相当とし、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば、原判決が(訴訟関係の主張に対する判断)六項において説示しているように、右時間帯を通じて共犯者の行為についてもその責任を負うべき被告人に関しては、鉄棒片を投げたことの刑事責任を問われるのもやむをえないところである。論旨は採用の限りでない。

以上説明のとおりであるから原判決には何ら事実誤認ないし法令適用の誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第二について。

所論は、原判決が、憲法三一条違反の刑法二〇八条の二の一項の規定を学生集団の本件に適用処断したのは、明らかに判決に影響を及ぼす法令違反を犯したもので破棄を免れないと主張するが、原判決が(訴訟関係の主張に対する判断)一項において詳細説示するように、刑法二〇八条の二の兇器準備集合罪の規定は憲法三一条に違反するものとは解しがたく、右刑法の規定を、学生らによりなされたとはいえ、本件のような集団的暴力事犯に適用することを咎められるべき筋合はないから、原判決には何ら法令違反の廉は存しないものというべく、論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意中公訴権濫用ないし憲法違反の主張ならびに原判決は理由不備とする主張について。

所論は、被告人らの行為は正当なものであるから、本件起訴は公訴権の濫用であつて棄却さるべきものである、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪の各規定は憲法二一条に違反し無効である、と主張するが、被告人独自の見解に基くもので、いずれも採用できない。所論はまた、原判決は被告人の要求した「公正な裁判への要望」について答えていないというけれども、原判決の理由は訴訟法的に間然するところはなく、所論もまた採用の限りでない。

弁護人の控訴趣意第三について。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものである。

よつて、本件記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して審案するに、被告人のこの種事犯の前歴、ことに昭和二五年東京都条例四四号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反罪により昭和四三年三月二七日確定の懲役三月、二年間執行猶予の前科があるにかかわらず、僅か数日にして本件犯行を重ねたものであることに徴し、さらには本件犯行の罪質態様規模および地域社会に与えた影響力、被告人が本件において指導者として果した加功の程度などに徴すると、犯情には軽視を許されないものがあり、被告人の責任は重大であつて、原判決が被告人を懲役一年の実刑に処した量刑の趣旨も首肯できないわけではない。しかし、問題の本件野戦病院が結局はその後閉鎖されていることや被告人の経歴、家庭の事情等諸般の情状を考慮すると、本件は刑の執行を猶予するのは相当でないけれども、原判決の科刑は刑期の点において些か重きに過ぎると認められるので、論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条、三八一条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに自らつぎのとおり判決する。

原判決が認定した事実に適用する法令は、原判決の摘示と同じであるが、訴訟費用については、原審および当審の双方について刑訴法一八一条一項但書を適用する。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例